エピソード1

それは私がまだ10歳になる以前のことではなかったかと思う。

『〇曜ミステリー』というような、ミステリー系のテレビドラマを家で見ていたときにそれは起こった。

それはセックスの場面でさえなかった。もっとも、その頃の私は、セックスが何かということについて、厳密には知っていなかったが。それは殺人の場面だった。当時はよく分からなかったのだが、今にして思うとそれは、それまで親密な関係にあった男女間の殺人で、全裸の女性が男性に殴り殺されるというシーンだった(より正確に言うと、演出によって、殴り殺しているように視聴者に見せかけるため、平手で叩いていた)。ドラマ全体の筋書きについてはほとんど覚えていない。そのシーンだけが妙に鮮明に脳裏に焼き付いている。

とにかくそれを見た私は、瞬間的に、殺される恐怖と、性的な興奮に同時に襲われ、自分で自分をどうしたらいいのか全く分からなくなってしまった。(性的な興奮をそれと判別するぐらいの認識力は、当時持ち合わせていた。)踏み込んではいけない深淵を覗いてしまったという後悔にとらわれたが、私には、自分がそこから引き返す能力を欠いているのがわかった。性欲と恐怖の両方に首根っこをつかまれているような状態で、精神的な意味で身動きがとれないのだ。その片方だけでも当時の私の心臓を鷲掴みにするぐらいの力があっただろうに。

まるで、自分のものではないかのような、おかしな具合に感じられる身体と、頭にこびりついて離れない忌まわしい映像に長時間悩まされた挙句、今度は、こういう自分はどこか異常なのではないか、という新たな悩みがそこに加わった。なぜなら、今自分が陥っている体験について、本で読んだり、人から聞いたりしたことがなかったからだ。しかも、それが異常であろうがなかろうが、このような矛盾を内包した存在として、自分は生きていくよりほかないのだという絶望的な悟りのようなものが私の中に生じ、そこから、そのような自分が歩むに違いない未来を想像してみたときに、私は、暗澹たる気持ちになった。

もしもこの女性が素手で殺されたのではなく、銃やナイフなどの武器で殺されたのだとしたら、おそらく私はここまで衝撃を受けることはなかっただろう。なぜなら、素手で殺されるということは、自分が男性と二人きりになればいつでも殺される可能性があるということを意味するように私には思えたからだ。そんな吹けば飛ぶような命を今自分が生きている、しかもそれは自分が女であるからかもしれないと思うと、私はそのことを呪いたくなった。

さらに、この犯人の男は、何度も肌を重ねたこの女性に対して、せめて苦痛を与えずに殺すとか、快楽のうちに死なすといった優しささえ持ち合わせていないのはなぜなのか?

そして、尊厳を傷つけられたと言っていいほどの嫌な気分にもかかわらず、同時に性的に興奮もしている自分?これは一体何なのか−−−−?

はっきり言って自分自身にとってさえ意味不明なのである。私を興奮させたトリガーは、女性が裸であったことと、「殺される!」と感じたことであった。この性的な興奮と私の自己保存の本能とは明らかに真逆の方向を向いているではないか。つまり、この性欲というやつは、私の一部であるにも関わらず、私の「生きたい」という最低限の望みにさえ反逆する場合があるということなのだ。そんな性衝動の存在を私は許すことができるのか?

イギリスの諺で「好奇心は猫を殺す」と言うけれど、この性欲はいつか私自身を殺すのではないかという予感に私は慄然とした。

−−−−もしそうでも、私はそいつ(性欲)を手放せない、手離さない。それは人間として間違っていることなのだろうか?

百歩譲ってこの性的な興奮が、死の恐怖をはるかに凌駕するほどの快楽を私にもたらしてくれたのだとしたら、私はまだ自分を許す気になれただろう。そうすれば話はまた違ったと思うのだが、「虫ケラのように扱われいる」不愉快さが邪魔をして自慰をする気にもなれなかった私には、何のカタルシスも与えられないのだった。

さらに、一つの刺激によって死の恐怖と、性的な興奮が同時に生じたために、両者が必ずセットになっているものと、私は誤解したのかもしれない(ジョルジュ・バタイユがその著書『エロティシズム』で述べたように、「死」の概念を「象徴的な死」即ち個体の境界の消滅ということにまで拡大すれば、これは全く誤解ではなく正しい理解ということになるのだが)。

後に私がこの体験をセラピストに語ったとき、彼は、私が当時不思議な仕方で投げ込まれたこの葛藤状況の苦しさに理解を示し、こう言った。「そうした場合、今のあなたには少なくとも三つの選択肢がある。一つは『性的な興奮に集中する』こと、二つ目は『死の恐怖に集中する』こと、そして三つ目が『性的な興奮と死の恐怖を同時に感じる』ことだ。少なくとも今はもう君には選択する自由と力がある」

 

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